
【取材】kanzaki chiharu
2016年5月に開催された伊勢志摩サミット。
首脳の食事の乾杯に使われた日本酒は全て県内の酒蔵であり、提供した複数の酒蔵では問い合わせが殺到し、1日で1年分の注文があったという報道もありましたね。

ところで、皆さん「酒蔵のまかない」をご存じでしょうか。
酒蔵で働く蔵人たちへ出される食事のことです。たくさんの日本酒に囲まれて、蔵人たちはどんな食事をしているのか!?毎夜晩酌をしているのか!?という好奇心で、酒どころ伊賀の蔵元へ「まかないを食べさせてください!」と、お願いしてみました。
取材に協力してくれたのは、
若戎酒造、森喜酒造場、大田酒造の3蔵。
まかないの十八番1~2品で…とお願いしたにも関わらず、お邪魔してみるとずらりと並ぶ料理の数々。なぜこんなことに!?と恐縮していると「まかないは毎日の食事だから」とのお答えが…。つまり主菜、副菜、汁物などがバランス良く並ぶスタイルが基本で、1~2品では成立しないと。「いつもの調子でつくったら」こうなってしまった、というわけです。なるほど!のっけから女将たちのお袋魂に圧倒されながらの取材スタートです。
まずは、酒蔵のまかないの歴史について紹介します。
———酒蔵のまかないの歴史
日本酒の造りは「寒仕込み」という冬場の仕込みが主流。かつての蔵人の多くは農民や漁師で農閑期・漁閑期の出稼ぎとして酒造りをしていました。その中での最高責任者が杜氏(とうじ)と呼ばれる酒造りのプロフェッショナルで、蔵元は杜氏と期間契約をして造りを任せる酒造スタイルが一般的でした。そんな住み込みで働く杜氏や蔵人に出す食事が「酒蔵のまかない」のルーツ。ひと昔前は造りの期間中、年末年始も休みなく毎日3食提供という蔵も珍しくなかったそうです。
伊賀の酒蔵も「寒仕込み」が主流ですが、時代の移り変わりとともに、雇用形態も変わり、現在、杜氏を招いて酒造りをしているのは大田酒造のみ。そのほかの蔵は蔵元もしくは社員が杜氏を兼任しています。が、通いや泊まり込みで作業をする蔵人への「まかない」は今もちゃんと受け継がれ、女将は日々腕をふるっているのです。
それでは、私の独断で「家庭でマネしたい1品×合わせたいお酒」を各蔵ごとギュッっと凝縮してご紹介します!
———【のっぺ汁】×若戎酒造女将 重藤修子さん
「のっぺ汁」は若戎酒造がある青山地域で祭事のときに登場するソウルフード。野菜を煮込んだ汁料理で、具材やベースとなるスープは家庭によって異なるそうです。6代目女将・重藤修子さんがつくる「のっぺ汁」は、丁寧にとった鰹だしに鶏肉と大根やニンジン、里芋などの根菜がたっぷり。スープに具材のうま味がしっかりと溶け込んでいるので、飲む栄養!といった印象。やさしい味わいのお汁が体の芯をゆっくりと温め、ほっと癒やしてくれる1杯です。おいしくつくるコツはたくさん炊くこと、だしを丁寧にとること。

【合わせたいお酒×ひやおろし】
こちらを取材をしたのは10月で、メニューは秋の味覚中心。ということで、夏の熟成期間を経て、うま味がのったまろやかな味わいが特徴の秋の限定酒「ひやおろし」を合わせました。代表銘柄「義左衛門」と「真秀」のひやおろしで食もお酒も進みます。11月中旬には新酒も出ますのでお楽しみに!
———「お酒は造れないけど、一緒に参加している気持ちで」
自らも造り酒屋に生まれ、小さなときからまかないをつくる母を見て育った、女将の修子さん。「家族のもとを離れて酒造りに励んでくれる蔵人さんたちに栄養をつけてほしいと思う」と、ついついボリュームのある内容になってしまうと、この日も手作りデザートまでのフルコース。

食堂に集い食事をする蔵人たちの会話を、給仕をしながら背中で聞き、体調や悩みを受け止め、毎日の献立や暮らしにそっと配慮してきました。「お酒は造れないけど、まかないをつくることで酒造りに参加している気持ちで30年近くやってきました」とにっこり。

7代目女将であり、現社長の邦子さんも実はかなりの料理上手ですが、社長業に専念するために、特別な行事などを除いて、まかないにはノータッチ。「食事はコミュニケーションをとる大切な場。和醸良酒という言葉通り、スタッフみんなの和があって、良い酒造りができると思っていますので、定期的に食事の場を持ちたいですね。でも、私の代は月1くらいでいいかなぁ~」と笑います。女性の働き方が変わってきた時代に合わせて、まかないも新しいスタイルを模索中のようです。
・若戎酒造 1853年創業
住所:伊賀市阿保1317
TEL:0595-52-1153
URL:http://www.wakaebis.co.jp/
———【にんじんフライ】×森喜酒造場女将 森喜るみ子さん
海老フライ?と思いきや、なんとこちらは「にんじんフライ」。「オーガニック料理店で食べたのがあまりにおいしくてパクりました(笑)」と、5代目女将・森喜るみ子さん。形良く切ったニンジンをレンジでチンして衣をつけて揚げ、自家製タルタルソースで頂きます。タルタルは玉ねぎ、ゆで卵のみじん切りにマヨネーズと塩こしょう、パセリがアクセント。揚げたてホクッサクッ。ニンジンの甘みとタルタルの酸味が絶妙。揚げ物の満足感と野菜のヘルシーさの両立が素敵でやさしく、フライだけど和のアテ。タルタルの玉ねぎは半日水にさらして、しっかり水気を切るのがコツ。
▲森喜るみ子さん
【合わせたいお酒×純米酒 るみ子の酒 山廃備前雄町】
酸味のあるタルタルソースには酸のしっかりしたお酒が好相性。雄町米を山廃仕込みした個性豊かで力強い純米酒と一緒にどうぞ。特別純米「伊勢錦」の燗も良いです。
———「蔵人たちとの食事はお酒の勉強の場」
杜氏や蔵人をまかない飯で支える女性という構図を根本から覆すのが、女将のるみ子さん。自ら酒造りをしながら、まかないも担うスーパーウーマンは「小5くらいからつくってますから…」との衝撃発言をサラリ。人手不足でやらざるを得なかったと言いつつも「モノづくりが好きなんでしょうね。酒造りもそうですが、誰かのためにつくらないとおいしくできないのよ」と、ほほ笑みます。会所場での蔵人たちとの食事の時間は「楽しい勉強会」になるのだそう。情報共有をしつつ、お酒を酌み交わし、味をみたり、食事との相性をみんなで分かち合う。酒造りの期間中は毎日がこんな晩酌会。こんな人たちが造るお酒ウマイに決まってる!!

「うちのお酒は食中酒ですから、まかないも酒アテ系が多くなります。だから居酒屋さんのメニューはよく参考にします」とも。取材日も蔵を訪れた客人たちを手料理でもてなす、るみ子さん。料理をしながら「いつか居酒屋やりたいんですよねぇ」と本気トーン。「飲んでいくでしょ?」と私にまでお誘いを。ええ、当然ごちそうになりました。居酒屋るみ子…さぞ繁盛店になりそうです。

・森喜酒造場 1893年創業
住所:伊賀市千歳41番地の2
TEL:0595-23-3040
URL:http://moriki.o.oo7.jp/
———【伊賀牛すじ煮込み】×大田酒造女将 大田尚子さん
伊賀の酒アテの定番といえば「伊賀牛のすじ煮込み」。家庭により作り方はさまざまですが、4代目女将・大田尚子さんの「伊賀牛すじ煮込み」はすじ肉を下ゆでした後、鰹と昆布のダシでしっかりと下味をつけて煮込み、酒、醤油、白味噌で仕上げます。具はすじ肉とこんにゃく、その上にふわっと青ネギを盛ったら完成。ビジュアルと香りだけでも「ぬる燗!」と叫びたくなる一皿。白味噌の甘味がなんとも上品。コツは日本酒をたっぷり使うこと。蔵の酒粕で半年以上漬け込むキュウリの粕漬けが脇に添えてあるのもニクイ。酒蔵ならではの貴重なお漬物です。

【合わせたいお酒×純米酒 半蔵 木桶仕込み】
昔ながらの木桶で仕込んだふくらみある純米酒はだしのうま味を引き立てて、しみじみと飲める1本。しっかりとしたうま味の「うこん錦」の燗酒もこれからの季節にぴったり。
———「まかないは感謝の気持ちを伝えるもの」
現在、伊賀で唯一の雇い杜氏スタイルで酒造りをしている大田酒造のまかないを半世紀以上手掛けてきた、女将かつ現会長の尚子さん。全国各地にある杜氏集団の中で「大田酒造のまかないはうまいからあの蔵で働きたい」と評判になるほどの腕の持ち主。尚子さんにとってまかないは、大田酒造の酒造りを担う杜氏や蔵人へ「感謝の気持ちを伝えるもの」と、味噌も漬物も、そして器まで手掛けるというこだわり。冬の間こもりきりで作業する蔵人たちの数少ない楽しみである食事の充実と健康に気を配り、大田酒造の酒造りを支えてきました。大田酒造では、蔵人と蔵元の食事の場は別々。「杜氏から、おいしかったよと書いた手紙が返却の食器の横に添えてあったり、直接言ってもらえたり、まかないを通して心が通じるような瞬間がうれしい」と尚子さん。ちなみに本日作っていただいた「伊賀牛すじ煮込み」は、すじ肉をたくさん煮ておいて、おでんやカレーなどにも姿を変えます。さすが日々の料理を担う方の工夫は参考になります。

そんな尚子さんを母に持つ5代目女将の智洋さん。「智洋さんはまかないは作らないのですか?」の問に「え?わたし?食べるの専門(笑)」と必殺の智洋スマイル。料理の説明をする次女・雅美さんの様子を写真に撮りFacebookに投稿する智洋さんは営業部長のかがみです。

・大田酒造 1892年創業
住所:伊賀市上之庄1365番地の1
TEL:0595-21-4709
URL:http://www.hanzo-sake.com/
———取材を終えて…
酒蔵のまかない事情は蔵によって違えど、そこには酒造りの歴史と女将たちの「愛」がありました。思いの詰まった酒蔵のまかないが、蔵人を支え、癒やし、おいしい酒を生み出す原動力になっているのはどの蔵も同じ。
今年の冬も酒造りが始まりました。造り手とそれを支える多くの人たちに思いをはせて、こよいも伊賀酒で一献いきましょう。
伊賀市に興味を持った方は、
「つづきは伊賀市で」をご覧ください!