
もしあなたが、まだ伊勢うどんを食べたことがないとしたら、こう言っては何ですが、人生を少し損しています。いや、逆にラッキーかもしれません。この先「伊勢うどんのおいしさを知って感激する」という幸せを味わえるのですから。そして、伊勢うどんを食べたことがある人も、もちろんラッキーです。「もっとおいしい伊勢うどんと出合う」という幸せを味わえるのですから。
三重を代表する名物といえば、江戸時代からお伊勢参りの参拝客に親しまれてきた伊勢うどんです。異論もあるかもしれませんが、伊勢うどん大使の私としては、そう言い切ることに迷いはありません。太くてやわらかい麺に、真っ黒な甘辛いタレをからめる――。長旅で疲れた旅人の胃にやさしいように、素早く提供できるように、すぐに身体が温まるように、この独特のスタイルが発展したと言われています。そう、伊勢うどんには、参拝客へのおもてなしの心がふんわり詰まっていると言えるでしょう。

「伊勢に行ったら伊勢うどんを食べてみたい」と思ってもらうのも、もちろんこの上ない喜びです。ここではさらに一歩踏み込んで、声を大にして「その店の伊勢うどんを食べるために伊勢にわざわざ行く価値がある!」と言い切れる「厳選の3店」をご紹介しましょう。
とはいえ、せっかく伊勢にいらっしゃるなら、伊勢神宮の外宮さんや内宮さんもお参りいただいたほうが、伊勢うどんをさらにおいしく味わえるかと存じます。
■山口屋…世界で初めて、あの「ミシュランガイド」に掲載された極太の伊勢うどん!

昭和初期に創業した「山口屋」。休日になると店の前には、全国からここの伊勢うどんを目当てにやってきた観光客の行列ができます。毎朝お店でつくっている麺は、伊勢うどんの伝統と貫禄を感じさせる太さとやわらかさ。2019年5月には、あの『ミシュランガイド愛知・岐阜・三重2019特別版』の「ミシュランプレート」に掲載されました。伊勢うどん店としては、世界初の快挙です。


「海外の本にも伊勢うどんが認められたのは、嬉しかったですね。さぬきうどんが全国的なブームになった頃は、伊勢うどんを初めて食べたお客さんから『コシがない』と批判を受けたこともありますけど、それが伊勢うどんの持ち味やからね。最近は、太くてやわらかいうどんのよさをわかってくれる人が増えて、地道にやってきてよかったなと思ってます」
そう語るのは、3代目店主の山口敦史さん。自家製麺で行なっている伊勢うどん屋さんは、今では5、6軒しかありません。昔からの作り方を守りつつ、使う小麦をより伊勢うどんの特徴が出やすい三重県産のあやひかりにするなど、常に工夫と進化を続けています。



伊勢うどんと田舎あられを組み合わせた「いせじまん」など、新しいメニューの開発にも意欲的。1年ほど前に始めて大好評なのが、伊勢うどんのタレで煮込んだ松阪肉の牛すじがのった「松阪牛すじ伊勢うどん」です。
「松阪肉の牛すじを伊勢うどんのタレで煮込んだものを載せているんですけど、牛すじを仕入れられる量に限りがあって、お出しできない日もあるのが心苦しいです」


「ミシュランが出た直後は、本を手に持って来てくださるお客さんもちらほら見ましたけど、効果は一時的なものでしたね。私らは、おいしいうどんを日々つくっていくだけです。初めて伊勢うどんを食べた人に『こんなおいしいうどんやったんや』と思ってもらったり、『伊勢うどんのイメージが変わった』と言ってもらったりするのが、何よりの喜びです。」
伊勢うどんを食べることは、伊勢の歴史や文化を全身で味わうことでもあります。懐かしい雰囲気の店内で、やわらかい麺のやさしさに包まれましょう。
■つたや…かまどで5時間かけて作るタレは、伊勢うどんの奥深さを感じさせてくれる!

終戦直後に復員してきた先代が、うどんの玉を作る店を始めたのがルーツという「つたや」。かまどで薪を使ってタレを作っているのは、今ではこの店だけです。鰯や鯵など3種類の煮干しに2種類の鰹節、そして昆布を大きな羽釜で5時間かけて煮込み、最後に熱した鉄の棒を中へ。「ジュー」と音を立てて鍋の中で沸騰が起きることで、臭みが消えるとか。


「昔はみんなこうやって作ってたんですけどね。そりゃまあガスのほうが便利ですけど、薪で作らんと思ったような味にはならんのです」
そう言って笑うのは、2代目店主の青木英雄さん。できたタレは一日寝かして味の角を取り、この店ならではのまろやかで全身にしみいる味が出来上がります。ひと口すすって「えっ、伊勢うどんってこんなにおいしいものだったの!」と驚く人も少なくありません。



麺のゆで方も、こだわりがあります。ゆでるときに使う“とおし”と呼ばれるザルは、外側がヒノキで底は竹を組み合わせたもの。それに麺を入れ、大釜で泳がせます。
「伊勢うどんは麺がやわらかいんで、ステンレスのザルやとうどんの肌が荒れてしまうんです。ただ、こういう“とおし”を作れる人が、三重県には今はひとりしかいなくて、その方もご高齢なんで、いつまでこのやり方を続けられるか……」
さきほどの山口屋でも“とおし”を使っていて、同じ苦悩を抱えています。500年前から長く太く愛され続けている伊勢うどんですが、時代の変化の影響を受けずにはいられません。

伊勢市麺類飲食業組合の組合長を長く務めている青木さんは、伊勢うどん界の生き字引的存在。かつて「伊勢うどん」は、地元では単に「うどん」、あるいは「素うどん」「並うどん」と呼ばれていました。
「伊勢のうどんは、よそのうどんとはだいぶ違うらしい。これでは観光客の人らにまぎらわしいということで、1972(昭和47)年に当時の組合長をやっていた親父が、各店舗に配るお品書きの『うどん』を『伊勢うどん』に変えようとみなさんに提案したんです」

それまでも一部の店舗やメーカーでは、「伊勢うどん」という呼び方を使っていました。お品書きの改訂によって伊勢市内のうどん店が足並みを揃えたことで、「伊勢うどん」という名称が定着していきます。

「伊勢に『伊勢うどん』という独特のうどんがあるということは、おかげさまで10年前、20年前に比べて、県外にもずいぶん広まりました。ただ、かまどとまではいかなくても、昔ながらの味を守っている店が減ってたり、地元の人にとっての伊勢うどんが『自宅で食べるもの』になっていたり、いろいろ心配なこともあります」
伊勢うどんの未来に思いを馳せつつ、青木さんは今日もかまどに薪をくべます。伊勢うどんという素晴らしい食文化が、永遠に受け継がれていくことを信じて。
■つきよみ食堂…「手打ち」で作る絶品の伊勢うどんに、トンカツやチーズををトッピング!

国道23号線を伊勢市内から内宮方面に向かうと、左側に「手打ち売切御麺」「もっちりふわっ~伊勢うどん」の看板が見えてきます。

1980(昭和55)年に店主の楠木康生さんが脱サラして、奥さんの静香さんといっしょに店を始めました。おしどり夫婦っぷりは地元でも評判で、「伊勢うどんの麺とタレみたいやな」と言われているとかいないとか。

当初は製麺会社から麺を買っていましたが、10年ほど前に手打ちに切り替えました。
「手打ちにした理由ですか。コスト削減と50肩のリハビリですかね。アハハ。まあ、毎日何時間もかけて打ってますから、それを考えたら買ったほうが安上がりかもしれませんけど。そやけど、もう戻れません。手打ちか機械打ちかはどっちでもいいんですけど、自家製麺にはこだわりたいですね」


ここで使っている小麦も、三重県産のあやひかり。丹精込めて打った麺は、独特の透明感があり、やわらかい口あたりの中にも吸い付くような弾力が感じられます。試行錯誤の末、いったん冷凍してからゆでることで、このツヤと食感にたどり着きました。
2018年の夏ごろから始めて大好評なのが、3つの新メニュー。「伊勢うどんかつ入り」「伊勢うどんチーズ入り」「伊勢うどんツナ入り」と、それぞれ従来の伊勢うどんのイメージを打ち破る大胆なトッピングです。店主と女将が、毎日まかないでいろんなトッピングを試す中で、「これはいける」と思ったものをメニューに加えたとか。

3つの中で一番人気があるという「かつ入り」は、サクッと揚がったとんかつと伊勢うどんとの相性が抜群。「チーズ入り」も、海苔とチーズの香りが伊勢うどんのタレの香りと合体して、甘美な世界を作り出しています。

「ウチは、とくに常連さんには、うどんと同じぐらいとんかつが人気なんです。山形の豚を使ってますけど、やわらかくて脂の甘みもいい感じなんですわ」

定番の人気メニューは、かつ丼と伊勢うどんのセット。とんかつ定食には、太っ腹なことにかつが2枚ついてきます。あおさの混ぜご飯に、塩で味をつけたとんかつを乗せた「潮香都丼(しおかつどん)」も人気。さっぱり味でとんかつの旨味をたっぷり感じられます。
「ここでしか食べられない伊勢うどんと言ってもらえると、嬉しいですね。スーパーで材料を買ってきて家で作ることもできるわけですけど、やっぱりお店で食べるとひと味違う、そんなふうに思ってもらえる伊勢うどんを作っていけたらと思ってます」
最近は、夫婦で山登りにはまっているとか。伊勢うどんというふんわりした山のさらなる高みを目指して、いつまでも手に手を取って歩き続けてください。

三店三様、それぞれのこだわりがあり、それぞれのおいしさが味わえます。もちろん、今回ご紹介した以外でも、おいしい伊勢うどんや魅力的なお店がいっぱい。一見、同じように見える伊勢うどんですが、食べ比べてみると驚くほどの違いと広がりがあります。ぜひ、いろんなお店で多種多様な伊勢うどんと出合ってみてください。

伊勢うどんは、おいしいだけでなく、いろんな意味で魂を揺さぶってくれるうどんでもあります。もしあなたが「うどんはコシが命」と思い込んでいるなら、伊勢うどんのおいしさを知ることで、世の中にも人生にも、いろんな正解やさまざまな価値観があることを実感できるでしょう。伊勢うどんはそのやわらかさで、頭と心をほぐしてくれます。日本にも世界にも、もっと伊勢うどんスピリッツを! 伊勢うどんは地球もあなたも救う!
(掲載情報は、すべて令和元年10月時点のものです)
- <今回の取材先はこちら>
★山口屋
住所:伊勢市宮後1-1-18
※JR・近鉄伊勢市駅から徒歩5分
電話: 0596-28-3856
営業時間:10:00~19:00(L.O.18:45)
定休日:木曜日 (祝日は営業)
HP:http://www.iseudon.jp/index.html
★つたや住所:伊勢市河崎2丁目22-24
※JR・近鉄伊勢市駅または近鉄宇治山田駅から徒歩15分
電話: 0596-28-3880
営業時間:11:00~17:00
定休日:日曜日
★つきよみ食堂
住所:伊勢市中村町831※近鉄五十鈴川駅から徒歩15分
電話: 0596-23-5154
営業時間:11:00~16:00(L.O.15:30)
定休日:月曜日、火曜日
HP:http://tsukiyomi.biz/dining/
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