三重県の日本酒がおいしいワケは、オリジナル酵母と酒蔵の技にあり!

2018.5.11

SAKEライター 田本夕紀

2016年の伊勢志摩サミットでも話題になり、より広く知られるようになった三重県の日本酒。三重県の日本酒は、香りや味わいのバリエーションが広いのが特徴ですが、その香味を握る大きなカギの一つに、日本酒造りに使う「酵母」があります。今回、SAKEライター・田本夕紀が、三重県オリジナルの酵母を開発する三重県工業研究所と、お酒造り真っただ中の酒蔵を訪ね、三重県の日本酒のおいしさのヒミツに迫りました。※記事中の料金はすべて消費税込み

 

いにしえから続く三重県の日本酒

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まず、訪れたのは、「作(ざく)」「鈴鹿川」で人気を博す清水清三郎商店(しみずせいざぶろうしょうてん)。2017年6月から、三重県酒造組合会長を務める同社社長・清水慎一郎(しみず しんいちろう)さんに、三重県の日本酒造りについてうかがいました。

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—三重県では古くから日本酒を造っていたという話を聞きました。
清水社長「広辞苑で、『うまさけ』という単語を引いてみてください。『うまい酒、よい酒』という名詞としての説明のほか、枕詞の項目の中に『酒の産地として有名なことから鈴鹿に係る』という表記があります。実は三重県の『鈴鹿』という地名はとても古く、2000年前にはすでに存在していたといわれています。そこに日本酒を示す言葉が付くわけですから、お酒造りの歴史が長いことがうかがえますよね」

—北のお酒は淡麗辛口という表現がありますが、三重県のお酒といえば?
清水社長「一つで表す言葉はないんですよ。35軒ある酒蔵がそれぞれ独自のお酒を造っています。酒蔵の中でも、銘柄によって味わいは驚くほど違います。個性豊かなお酒が造られているのは、やはり伊勢神宮の存在が大きいですね。旅行をしたら、旅先ならではのグルメを楽しみたいもの。それは神宮参拝の旅でも同じこと。そんな背景から三重県では、御食国(みけつくに)と呼ばれるほどの豊かな食文化が育ち、合わせてお酒の味わいも多様になってきたのではないでしょうか。たくさん飲んでいただいて、好みの味を見つけていただけたらうれしいです」

三重県のお酒の味わいは、すっきり、濃いめ、さわやか、香り高い…と、清水さんがおっしゃるとおり驚くほどバラエティー豊富です。そんな味わいの個性を生み出すのが、お酒造りに欠かせない「酵母」と聞き、三重県オリジナルの酵母を開発している三重県工業研究所へ向かいました。

 

三重県らしい日本酒造りをサポートする工業研究所へ

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三重県の酒蔵とタッグを組み、三重県らしいお酒造りのサポートをしている三重県工業研究所・食と医薬品研究課の皆さんに、日本酒造りについてお聞きしました。向かって左から、栗田修(くりた おさむ)さん、山﨑栄次(やまざき えいじ)さん、山岡千鶴(やまおか ちづる)さん、丸山裕慎(まるやま ひろのり)さん。

お酒造りは生き物を育てるようなもので、決まった手順をふんでも、いつも同じ仕上がりになるわけではありません。特に発酵段階では、思いもよらないイレギュラーな変化が起こるケースも多々あります。そんな現場にあって、お酒造りの責任者・杜氏(とうじ)をサポートするのが工業研究所の役割なのだそう。

—日本酒造りの工程で、酵母はどんな役割を担うのでしょう?
山岡さん「日本酒の造り方を簡単に説明すると、精米したお米を洗って蒸し、蒸したお米を発酵させて『もろみ』を造ります。この『もろみ』を搾ると、それがお酒になります。酵母は、お米を発酵させるときに必要になります」

—お酒の個性を生み出すのに欠かせないのが、酵母と聞いています。
栗田さん「日本酒造りに使用するお米は日本全国で収穫されるため、お米の味で特徴を出そうとしても、違いが微妙で飲む側には分かりづらいんですよね。その点、酵母は香りや酸味といった味わいにダイレクトに影響しますから、分かりやすく個性を出せるのです」

—酵母の開発は、三重県独自の取り組みですか?
栗田さん「最近では、各県が独自の酵母を開発していますが、それは各県の公設試験研究機関が県内の酒蔵さん用に開発したもので、ほかの県の酒蔵さんは使えないもの。三重県酵母を使うことで、三重県ならではの個性あるお酒にできるんです」

教えてもらった5種類の三重県酵母はこちら。
◆MK-1:バナナ系の香りをたくさん出す酵母
◆MLA-12:低アルコール日本酒向けの酵母
◆MK-3:リンゴ系の香りを多く出す酵母
◆MK-5:味のもとになるコハク酸をたくさん出す酵母
◆MK-7:日本で一番コハク酸を出す割合の高い酵母。酸度が高いので、ワインのようなボディのある味に。

—それぞれの三重県酵母にコンセプトはありますか?
栗田さん「MK-5までの酵母は、当時のトレンドを追いかけた酵母でした。でも、MK-7は違います。MK-7は、おそらくこれからのトレンドとなる酵母。ワインのように酸度が高い日本酒はどうですか? と私たちから提案するために開発したものです。これからは提案型酵母でも、三重県の酒蔵をサポートしたいですね」

お酒の味わいを大きく作用する酵母。新しい酵母はどうやって生みだされるのでしょう?

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まず元となる親酵母に刺激を与えて、酵母の改良品種を生み出します。その中から「香りを出せる」など、造りたい性質に近い性質を持つ酵母を選別します。

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シャーレから酵母をすくい取り、培養液へ。ほこりや雑菌が入らないよう、クリーンベンチ(無菌状態で作業するための装置)の中で作業します。

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新しい酵母は研究所でテスト醸造し、味や香りをチェックします。

三重県オリジナル酵母や工業研究所の活動について学んだところで、次はそんな「酵母」を生かしたお酒造りに力を入れる酒蔵の現場も見ることにしました。

 

三重県産酵母にこだわる四日市市の伊藤酒造

まずお邪魔したのは、「鈿女(うずめ)」「猿田彦(さるたひこ)」といった銘柄酒を造る伊藤酒造。2016年にMK-7を使ったお酒のテスト醸造を引き受けた酒蔵の1つでもあります。

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酒蔵直売所「慕蔵(ぼくら)」。隣には、酒シフォンケーキなどを提供する「わみん」があります。

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「慕蔵」には、伊藤酒造のお酒をはじめ、四日市市の伝統工芸品・萬古焼(ばんこやき)の酒器がずらり。

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お酒造りへの思い、苦心したラベルデザインについて教えてもらいました。

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目を引くのは、やはり「鈿女(うずめ)」。日本神話に登場する女神・鈿女を描写しています。女性浮世絵師・ツバキアンナさんにお願いしたとのこと。「あの女の人の」と、ラベルで覚えている人が増えているそうです。

お話の後は、「慕蔵」の真向かいにある、お酒造りの現場を拝見。

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三重県酵母MK-5を使って仕込んだお酒の発酵が進んでいました。もろみを混ぜる様子をパシャリ。

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社長の顔と、杜氏の顔をもつ伊藤旬(いとう しゅん)さん。「100%三重県産のお酒」への思い、MK-7のテスト醸造時のことなどを教えてくれました。

—16年ほど前から、杜氏としてお酒造りを始めたそうですが。
伊藤さん「三重県のお酒です、と言って売りながら、果たしてなにが“三重県のお酒”なのか、って思ったことがきっかけでした。三重県産のお米と、地元の名水、そして、それをお酒にする技も三重県ならではのモノにしたいと思ったんです。そこで、技の部分は、三重県生まれの私がやろうと。杜氏から酒造りを学んで、自分で仕込みを始めました」

—ご自身のお酒造りで、ポイントを置いているのはどの工程ですか。
伊藤さん「酵母です。酵母はほぼ、三重県産酵母です。お酒の味は、発酵で決まります。発酵を促す酵母が味をつくるんですよ」

—伊藤さんが造るお酒は、どんなお酒ですか。
伊藤さん「甘味と酸味があるお酒です。ひと口飲むと、ボディがしっかりしていて味が濃い。かといって舌にいつまでも残らず、すっきりと徐々に余韻が消える、そんなお酒。ショートケーキで例えると分かりやすいかな。コクの部分がホイップクリームで、すっきりした後味は、イチゴの酸味。一緒に食べると、甘すぎず、酸っぱすぎず、いいバランスでしょ。そういったお酒をめざして造っています」

—MK-7のテスト醸造を引き受けたそうですね。
伊藤さん「オール三重県産のお酒を造ることに重点を置いていますから。テスト醸造は、今までにない酵母を使うだけに予想外のことも多いので、工業研究所のサポートがあっても勇気が要ります。でも、オール三重県産の日本酒造りには三重県産酵母が必要。それにMK-7は、私がめざすところと同じ、ボディのある日本酒になると聞いたので、うちのお酒造りに取り入れられるかなと」

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試飲タイム! 「泗水郷 佐倉 (しすいきょう さくら)」をいただきます。

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口に含むと、思わず「おおっ!」と言葉がもれるくらい、濃厚な味がします。飲み干すと、濃いはずの味がすうっと切れて、なんともさわやかな口当たりでした。
数量限定で発売されていた、MK-7で醸造された「鈿女 豊穣の舞」も試飲させていただきましたが、こちらも濃厚な味わいでした。

 

酵母でユニークな日本酒造りをする伊賀市の若戎酒造

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酵母で面白いお酒造りをしていると聞いてうかがったのは、若戎酒造。

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一昨年まで山形の酒蔵でお酒造りをしていたという、杜氏の高松誠吾(たかまつ せいご)さん。

—酵母にポイントをおいて、変わったお酒を造られているとか。
高松さん「それぞれ違った酵母で造ったお酒が8種ラインアップする『酵母伝(こうぼでん)』シリーズのことですね。さらに面白いと言っていただくのが、その8種類の『酵母伝』を全てブレンドして造る銘柄、『義左衛門(ぎざえもん)』です。別々に造った8種類のお酒を混ぜるなんてこと、当蔵以外に聞いたことがありませんよ」

—高松さんが杜氏に着任してから、商品をリニューアルされているそうですね。
高松さん「リニューアルのポイントは酵母を厳選したこと。『酵母伝』で使っている酵母に限らず、使っていた全ての酵母を見直し、違いが分かりやすい酵母4種を選び出して、4種類のお酒からなる『G-collection』というブランドを造りました。当社のお酒は、食事と合わせやすい食中酒。少し甘さがあって、すっと後口のいいお酒にしたいねと、日頃から社長と話しています」

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「薄紅」「若葉」「瑠璃」、そして「山吹」からなる「G-collection」。「義左衛門」のG、グレートのGを効果的にあしらったラベルは社長・重藤邦子(しげふじ くにこ)さんのお手製。写真提供=若戎酒造

—「義左衛門」を含め、若戎酒造のお酒の味わいはこれからも変わっていくのですか?
高松さん「はい。『G-collection』で使っている酵母をこれからもずっと使うかも決めていません。例えば、『瑠璃』の場合、社内の『香りがある辛口のお酒を造ってみたい』という声がきっかけでした。通常、日本酒の製造で、“香り高い辛口”を生み出すのは難しいもの。『難題だなぁ』と思いつつ、たくさん香りを出す三重県酵母MK-3を使うと大成功だったので、『G-collection』に加えてみようと。アイデアや酵母の発見があるかぎり『G-collection』『義左衛門』も変わっていくでしょうね」

そんな「面白いお酒造り」を行う蔵へお邪魔すると、翌日の仕込み準備の真っ最中。

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洗ったお米を甑(こしき)に移しているところ。翌日の作業は、このお米を蒸すところから。麹(こうじ)、もろみなどお酒の材料は、蒸したお米をベースにして造ります。

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出来上がった麹と井戸水、酵母を加えて造る、「もろみ」を発酵させているタンク。

この部屋では、大吟醸になるお酒のもろみばかりを置いているため、バナナやリンゴを思わせる華やかな香りで満ちています。部屋を出ても、しばらくは甘い残り香を楽しめそうなほど。
タンクに耳を寄せると、「しゅわしゅわ」と発酵が進む音が聞こえてきました。

 

今回の取材で、いにしえから続く三重県の日本酒が、さらに魅力的な商品へと進化するために、今なお、研究され試行錯誤がなされている様子を垣間見ることができました。そんな作り手の思いに心はせながらじっくりと味わいたいものですね。

 

酒造りの取材を終えたころ、ビッグニュースが入ってきました。
ワインの国際的な審査会「ブリュッセル国際コンクール」に日本酒部門「SAKE selection」が新創設され、2018年10月、三重県の鳥羽市で初開催されることになったそうです。
海外でもっと日本酒を知る人が増え、飲む人が増えてほしい…、そんな思いから、創設されたそう。三重県の日本酒が国内外からさらに注目されること、間違いなしですね!

 

今回紹介したのはこちら。
★三重県工業研究所
一般見学不可 ※科学技術週間に合わせて、平成30年4月16日(月)~20日(金)は一般見学可。
場所:津市高茶屋5-5-45
電話:059-234-4036
時間:8:30~17:15、土・日曜・祝日休
http://www.pref.mie.lg.jp/KOUGI/index.htm
★伊藤酒造
10:00~17:00の時間帯で蔵見学受け入れ可能(火曜、臨時休業日、酒造作業の繁忙期を除く)。4タイプの見学コースを自由に選択できる。事前に同社蔵見学係に問い合わせを。
場所:四日市市桜町110
時間:9:00~17:00、火曜休、臨時休業日あり
電話:059-326-2020
料金:Sコース 2,000円、Aコース 1,000円、Bコース 500円、Cコース 無料
http://www.suzukasanroku.com/
★若戎酒造
10:00~12:00、13:00~16:00の時間帯で蔵見学受け入れ可能(土・日曜・祝日、および8月・12月の全日を除く)。予約制のため、事前に問い合わせを。
場所:伊賀市阿保1317
時間:9:00~17:00、土・日曜・祝日休
電話:0595-52-1153
料金:無料
http://www.wakaebis.co.jp/
★清水清三郎商店
蔵見学受け入れ不可。蔵元直売所併設なし。
場所:鈴鹿市若松東3-9-33
時間:9:00~17:000、土・日曜・祝日休
電話:059-385-0011
http://seizaburo.jp/
※掲載の情報は2018年3月31日現在。

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