三重県鈴鹿市発! 全国に広がる新しいカタチの子育て支援とは?

2020.11.13

おでかけ情報はおまかせ 内山真紀

企業や地域、行政と一緒に“新しい子育てのカタチ”について考える、「特定非営利活動法人マザーズライフサポーター」(以降、マザーズライフサポーター)。三重県鈴鹿市で始まり、設立7年目で全国へと拡大するまでに成長しています。この団体を立ち上げ、現在も理事長として全国を飛び回って活躍している伊藤理恵(いとう りえ)さんにインタビュー。支援拠点「nico*mama cafe(以降、ニコママカフェ)」にも訪問し、鈴鹿市で仲間や社会と共に子育てを楽しむママたちの声も紹介します。

<Index>
・マザーズライフサポーターとは
・「母になって良かった」そう思える社会を作りたい
・ママたちのつどいの場「ニコママカフェ」と情報誌「ニコママ」
・全国が注目! ママ同士で助け合う、新しい働き方「コラボワーク」
・自分の価値を表現することで、企業も発展する相互支援の社会へ

マザーズライフサポーターとは

マザーズライフサポーターは、2013年に三重県鈴鹿市で、1歳半の子どもを育てていた伊藤理恵さんと仲間で立ち上げました。「未来は、子どもを喜ぶ社会の先に」をビジョンとして掲げ、慣れない育児に孤独や不安を抱えるママたちにとって、本当に必要な支援は何かを考えて、企業や地域、行政に働きかけを行っています。
主な事業は、子育てからちょっと離れたり、ママ同士が交流できる「ニコママカフェ」の運営、育児情報誌「nico*mama(以降、ニコママ)」の発行、企業とタイアップしたイベント開催。そして、ママ同士がグループを組んで主に農家などで就労する「コラボワーク」です。団体の活動を支援する協力企業は200社以上。「ニコママカフェ」は年間延べ約5,000人のママが利用しています。
中でも「子育ても仕事もシェアする」という「コラボワーク」は全国から注目されていて、「自分たちの地域でも導入したい」と、三重県内では伊賀市や松阪市、東紀州エリア、県外では秋田県や長野県、熊本県などに広がっています。

「母になって良かった」そう思える社会を作りたい

現在、全国の拠点を忙しく飛び回る理事長の伊藤さん。設立のきっかけや苦労などについて、オンライン取材でお答えいただきました。

◇マザーズライフサポーター設立のきっかけを教えてください。

伊藤さん「自分自身が、子育てがうまくいかなくて、落ち込んだことがきっかけなんです。結婚を機に、生まれ育った四日市市から鈴鹿市へ引っ越しをしました。長男を出産してからはしっかりと子どもに向き合い、家を支えていこうと考え専業主婦に。それまでは、広告代理店でバリバリ働いていたのに、急に社会と離れて、肩書きも、役職も、名刺も何もなくなって。とにかく孤独でした。仕事で忙しい夫には子育てについて頼ることができず、両親が離婚しているので、実家の援助も受けられず…。すべてを一人で抱え込んでいたんです」

「学生時代に児童福祉について学び、虐待を受けた子どもに携わる経験もあったことから、『自分はきっと、いいお母さんになれるはず』って思っていたのに、うまくいかないことに落ち込んでしまいました。その時に、気がついたんです。『そうか、虐待は子どもやお母さんの問題ではなくて、環境による影響が大きいんだ』と。自分が子育ての当事者になって、初めてわかったことでした」

◇その気づきから、団体設立に至るわけですね。

伊藤さん「一番のきっかけは育児セミナーに参加するために、当時1歳半だった長男をご近所のおばさまに預かってもらったことです。それまで、家族にも夫にも預けたことがなくて、預けることは〝悪〟のように思っていた私は、とにかく不安でした。子どもにも、おばさまにも『ごめんなさい』って心の中であやまって。でも、セミナーが終わって迎えにいくと、その人が『ありがとう。楽しかったわ!』って言ってくれたんです。その時、肩の荷がおりて心が軽くなりました」

◇「ありがとう」と言ってもらえたことが、大きなきっかけになったんですね。

伊藤さん「会社を辞めて育児に専念するようになって、初めての『ありがとう』でした。お母さんになって良かったって思えることって、こんなにも大切なんだと気づきました。この思いを、もっと多くの人に感じてほしいと考えましたが、『社会みんなで子育てをする』というサービスや仕組みは、探しても周囲にはなくて。ないなら、自分で作ろうと思ったのが始まりです」

◇応援してくださるサポーターさんもたくさんいらっしゃるそうですね。

伊藤さん「マザーズライフサポーターは、個人から企業まで、さまざまなサポーターさんと共同運営している団体です。ママたちにさまざまな業務を委託してくださったり、一緒に商品開発に取り組んでくださる企業など、法人だけで全国に約200社あります。こうしたサポーターさんのお手伝いや協賛を得て、『ニコフェス』というイベントを開催したりもしています」

◇個人のサポーターさんも多いとか。

伊藤さん「私たちの理念に共感してくださる、強い思いを持った個人の方がたくさんいらっしゃいます。ボランティアで託児をしてくださる保育士さんや、イベントのお手伝いをしてくださる方。また、仕事上の肩書きや役職、ポジションがあり、表立っては動けないからと、〝影のサポーター〟として応援したり、手を貸してくださる人たちも。たくさんの人のおかげで、ここまで成長できたといつも感謝しています」

◇子育てをされる中で、ご自身ではどんなことが気になられていたんですか?

伊藤さん「物質主義の社会の価値観は違和感がありました。『モノの豊かさ=幸せ』という方程式ができてしまっていて、それはつまり『モノがない=不幸せ』になっています。たとえば、『マイホームやマイカーがないと幸せになれない』『コレがないと良い子育てができない』など、不安をあおって消費活動に走らせることが多いように思います」

◇たしかに、マイカーやマイホームは幸せな家族の象徴かもしれません。

伊藤さん「自分が悩んでいたときに知りあったママたちも、モノがないと不安だし、モノを持っていることが一種のステイタスになっているように感じました。でも、人と比較して優劣をつけることには意味がないと思うんです。子育ても同じで、“母”とひと言で言っても、個性や価値観はさまざまです。だから、誰かと比べて『良いお母さん』になろうとせずに、『自分らしいお母さん』をめざすという気持ちで、子育てをしていけたらいいですよね。そういう想いは、常に私たちの活動の根底にあります」

ママたちのつどいの場「ニコママカフェ」と情報誌「ニコママ」

マザーズライフサポーターの取り組みの一つ、鈴鹿市で運営している「ニコママカフェ」にお邪魔しました。一軒家を利用した落ち着く雰囲気の建物です。主に未就学児(0歳~3歳)を育てるママが立ち寄り、子どもと一緒に遊んだり、子育てについて保育士さんに相談したりできます。鈴鹿市では市の事業として運営されていて、市民は無料で利用することができるのもうれしいですね。

「ニコママカフェ」の利用スタイルは2つあり、1つはキッズルームを使って、ママが子どもと一緒に自由に遊べる「親子であそぼう」です。予約制ではないので、いつでも気軽に利用することが可能。ママ同士の情報交換の場にもなっていて、自由に過ごすことができます。
もう一つは「ママの自分時間」。子どもを保育士さんに預けて、ママがひと息つけるサービスです。1日3組の完全予約制で、子育て中のママにとっては、貴重な自分の時間をもつことができます。
※新型コロナウイルス感染症対策のため、利用時間が変動しているので詳しくは問い合わせを。

玄関に設けられた情報コーナー。子ども連れで楽しめる地域のイベントや育児セミナーのチラシ、行政の情報などが並んでいます。

広々としたキッズルーム。子どもと一緒に遊ぶことができます。

ママたちが自由に過ごせるカフェルーム。本を読んだり、手芸をしたり、ただただボーッとしたりして、思い思いの時間を過ごせます。

ママ専用の仮眠室も。

2歳の娘さんを連れて「ニコママカフェ」で働く、保育士の荻子(おぎす)さんに話を聞きました。

「最初は、子育てをしながら働くことや子どもを預けること、我が子を預けて他の子どもの面倒をみることに罪悪感がありました。でも、実際に働いてみると、違っていました。子どもも他人がいる環境に慣れてくるんです。子どもは子どもで何かをする、お母さんはお母さんで何かをする。気がつかないうちに、お互いが自立していました。それって、とても素晴らしいことだなと思ったんです」と、荻子さん。

「親子であそぼう」では、月に1度のペースで工作イベントなどを開催しています。子どもの小さな手形や足形で作る作品は、とってもかわいいですね。参加者からも好評なのだそう。

2020年4月以降は、緊急事態宣言などもあり、子育て中のママも外出する機会が減りました。「ニコママカフェ」を訪れる人も少し減ったそうです。「でも、一人で自宅にこもって子育てをすることに不安を感じていたお母さんの中には『ここにきて誰かと話すだけでほっとする』と、ずっと通ってくれる人もいます。子育てをする母として、何かしら悩みや不安を抱えているのはみんな同じ。話すだけでも気持ちが軽くなるし、ここに来れば何かヒントがあるかもしれません。気軽にお子さんと一緒に遊びにきてほしいですね」と、荻子さん。

こちらは、地域密着型子育て支援フリーペーパー「ニコママ」。鈴鹿版に続き、2019年に松阪版が創刊されました。子どもと一緒だと飲食店へ行くのにも気をつかうことがありますが、冊子に載っていたり、冊子を置いているお店は、どこも子ども大歓迎。何も気にせず出かけられます。
ほかにも、親子向けイベントや子ども向けの情報などを掲載。さらに、割り引きやサービスを受けられるクーポンも付いているお得なフリーペーパーです。「ニコママ」は主に津市、鈴鹿市、松阪市の市役所の協力のもと、子育て支援センターや図書館などに設置されています。

全国が注目! ママ同士で助け合う、新しい働き方「コラボワーク」

マザーズライフサポーターの特徴的な取り組みの一つに「コラボワーク」があります。乳幼児期の子どもを持つママが10人程度のチームを組み、働く人、託児をする人、待機する人と役割を交代しながら、チーム単位で就労するワークシェアリングの仕組み。子どもを連れて働くことが可能で、育児中の息抜きや、本格的な社会復帰の準備の場として、多くのママが活用しています。

伊藤さんは「前例がない取り組みだけに、立ち上げ時、行政から支援を受ける際も、子育て支援課なのか男女共同参画課なのかなど、あてはまる課がわかりにくく、かなり苦労しました」と話してくれました。

現在、「コラボワーク」の提携企業は全国に約30社。「繁忙期と閑散期がはっきりしている農業は、短期就労に向いている」ことから、農業関連の企業がほとんどです。さらに、伊藤さんいわく「農業と子育ては親和性が高い」のだとか。作物を〝育てる〟農業に従事することで、自然を相手にする柔軟性や寛容さ、強さが育まれ、それが子育てに生かされることも多いそうです。提携企業のひとつ、JA松阪を尋ねました。

JA松阪では2019年から管理しているイチゴ栽培のハウスで、「コラボワーク」を試験的に導入。当時、所属していた部署でその立ち上げに取り組まれた、橋本耕一(はしもと こういち)さんにお話を聞きました。

◇「コラボワーク」を導入したきっかけを教えてください。

橋本さん「『JA三重中央会』では、農業の深刻な問題のひとつ、人手不足について考える『農業労働力確保研究会』を立ち上げています。外国人労働者の雇用や無料職業紹介事業など、いろいろな取り組みを研究する中で私が注目したのが『コラボワーク』でした。県内では『JAみえきた』などですでに導入されていて、『コラボワーク』がきっかけで、農業に従事することになった方もいらっしゃるそうです。また、子どもも農業に接することで食育にも貢献できるのがすごくいいなと思ったんです」

◇苦労した点はありましたか? また、実際の仕事内容は?

橋本さん「子どもを預かる託児所の確保ですね。安全性やトイレ、空調が整った場所を確保するのは、一般の農家さんの環境では難しいところが多いかもしれません。これは、今後の課題のひとつです。仕事内容はイチゴハウスの中で、不要な葉を取る“葉かき”や収穫作業を担ってもらいました。『イチゴってこんな風にできるんですね』と、楽しみながら作業してもらえたようです」

◇試験的に運用してみていかがでしたか?

橋本さん「JAとしては労働力の確保はもちろんですが、農業を理解してもらえたのが一番の成果でしょうか。採れたてのイチゴのおいしさや、農家さんの農業への姿勢などを知ってもらえました。最終日はイチゴ狩りを実施して、子どもさんも大喜びでした(笑)」

(写真提供:マザーズライフサポーター)
農家さんとの会話も楽しみのひとつです。

(写真提供:マザーズライフサポーター)
子どもを預かる担当のママたちが仕事中、しっかりとお世話します。

◇今後はどのような展開をお考えですか?

橋本さん「今後は、農家さんへの導入を増やしていくと同時に、『JA松阪』の選果場や出荷場でも『コラボワーク』を活用したいと考えています。残念ながら、就農者の数が減ることは仕方のないことだと思っています。そんな現状のなかで、私たちにできるのはそのスピードを遅らせること。そのために、お母さん方の力が必要不可欠なのです」

続いては、実際に「コラボワーク」で働いた、伊藤(いとう)さんにも話を聞きました。

「ニコママカフェ」にて、伊藤さんとヤンチャ盛りの息子さん。

子どもが5カ月の頃に、子どもと一緒に働ける場所はないかとネットで探して見つけたのだそうです。「『JAみえきた』のトマトの選果場で、約2カ月間、1日2時間、週に2~3日就労しました。10人くらいのグループで働きましたが、子どもが急病になったとき、代わりに働いてくれる人がいるなど、すぐ対応してもらえるのが安心でした」と、伊藤さんは振り返ります。
託児所ではお兄ちゃんやお姉ちゃんと遊んでもらえたりと、子どもにとってもいい経験になったそうです。伊藤さん自身も、仕事の合間に子育ての悩みを話したり、先輩ママからアドバイスをもらえたりと、充実した時間を過ごせたそう。その後、転職活動をして正社員として再就職が決まり、社会復帰までの有意義な準備期間になったと、イキイキとした表情で話してくれました。

自分の価値を表現することで、企業も発展する相互支援の社会へ

最後に、理事長の伊藤さんに今後の展望について聞きました。
伊藤さん「マザーズライフサポーターは設立から7年経って、卒業したママは1万人を超えました。発祥の地である三重県には7年以上もお付き合いいただいているような、愛のあるサポーターさんがたくさんいます。そんな人たちと、もっとおもしろい社会づくりをしたいと思っています。サポーターさんはママたちを支援してくださっていますが、実はそれだけではありません。続けてきて気づいたのは、〝相互支援〟であるということ。当初は1人で運営していた農場が、コラボワークを導入することでパートさんを雇うほどに成長されたところもあります」

「私がめざしているのはケアではありません。ママが自分の価値を表現して、自分でお金を稼いで生きていけるチカラをつけるための支援です。そのためには、助け合える社会が必要。その仕組みづくりが、私の役割りだと思っています。さまざまなサポーターさんが関わり、その多様性のなかで子どもたちが学んでいく。そんな、柔軟で寛容な社会づくりをめざしています」

時代を先取りしたユニークなサービスも

取材を通して、子育てに関する悩みを抱えるママがとても多いということを改めて知ることができました。その一方で「マザーズライフサポーターが描く社会なら、子育てや出産は不安なことじゃないのかもしれない」そう思うことができました。そして何より、伊藤さんをはじめスタッフの皆さんのイキイキとした表情が印象的でした。
今回はご紹介できませんでしたが、マザーズライフサポーターでは、新たな取り組みとして、コロナ禍で外出が制限されたママを対象に、オンラインで受講できる市民大学「ペタゴジ」や、ママとサポーター企業とでつくる製品をPRするYouTubeチャンネル「愛ある商いニコママコメルス」なども始めています。気になる方は、ぜひFacebookをチェックしてみてください。


掲載情報は、すべて2020年10月時点のものです。

<今回紹介した施設はこちら>
マザーズライフサポーター「ニコママカフェ」
住所:鈴鹿市稲生3-8-2
電話:059-386-2539
時間:10:00~15:00
URL:http://motherslife.info
URL:https://www.facebook.com/motherslifesupporter/