
“忍者の里”として知られる三重県・伊賀市。忍者体験ができる「伊賀流忍者博物館」や「伊賀上野城」などがあり、歴史と文化が息づく観光の町で、オリジナルの“忍者グッズ”を販売する「伊賀の京丸屋」。立ち上げたのは、東京から移住してきたデザイナーの淺野正嗣(あさの まさし)さん。移住のきっかけや、モノづくりへのこだわりなどを取材しました。※記事中の価格は税込み。
浮世絵をベースにデザインしたおしゃれな忍者グッズを展開


店内には忍者をモチーフにした、デザイン性の高いTシャツやパーカーをはじめ、バラエティに富んだ雑貨が並びます。ここでしか手に入らないオリジナルアイテムは、幅広い年齢層から人気。特に2021年4月から販売を開始した「ディズニー」とのコラボシリーズは、県外からもわざわざ買いに訪れる人がいるほどの人気アイテムです。このお店、実は県外から移住してきた人が立ち上げたんです。
移住を決め、伊賀で「忍者ブランド」を立ち上げた理由とは?

◇なぜ、東京から三重県の伊賀市に移住したんですか?
淺野さん「”忍者”というコンテンツにほれ込んで、自分の手で『伊賀忍者ブランド』を立ち上げようと思ったのがきっかけですね」
◇もともと忍者に興味があったんですか?
淺野さん「忍者との出合いは偶然。東京の上野公園を散歩していた時に、『伊賀上野忍者フェスタ』というイベントの準備をしていたのを見かけたんです。『市を挙げて忍者でPRするなんて、伊賀市っておもしろそう!』と。伊賀市が『忍者市』宣言をしたというのも知り、地元は盛り上がっているに違いないと、イベントには参加せず期待に胸を膨らませて伊賀市へ。でも、期待とは裏腹に観光がたったの45分で終了してしまい、しかも伊賀市まで行ったのにお土産は『赤福』(笑)。それしか買いたいものがなかったんです」
◇期待と何が違っていたんですか?
淺野さん「観光スポットも、もう少し充実していればよかったんですが…。何よりショックだったのが、インバウンドのお客さんがたくさんいたのに、ほとんどの人がお土産を買っていなかったこと。それもそのはずで、商品棚に並んでいるのは、伊賀市でなくても買えそうな、どこにでもあるモノばかり。せっかく『忍者』という最高のコンテンツがあるのに、全然生かせてないなぁと感じました」
◇そこで自ら作ってしまおうと?
淺野さん「いろいろ調べましたが、忍者グッズ専門の地元企業もなさそうだったので、それなら、お客さんに喜んでもらえる『伊賀忍者ブランド』を自分で立ち上げようと、移住を決意しました。当時ファッションデザイナーとして勤めていた会社を辞めて、こちらに2018年に移住してきたんです」
◇何がそこまで淺野さんの心をかきたてたんでしょうか?
淺野さん「伊賀には縁もゆかりもありませんし…。何でしょうね。でも、理屈じゃないですね。自分ならもっと何とかできるはず!という思いがこみあげてきて、抑えられなかったんです」

◇「忍者ブランド」ビジネスを成功させるという目的で移住されたんですね。
淺野さん「自然に憧れて…といった一般的な移住とは少し違うかもしれません。あくまで事業優先でしたので、田舎暮らしを楽しむ時間よりもデザインや企画を考える時間を充実させました。とはいえ、住んでみるとすごく良い場所で、人も親切。都会とは違ったのんびりとした雰囲気に癒されています。この居心地の良さに、油断すると気持ちが緩んでしまいそうになるので、ほど良い緊張感を保つことは忘れないようにしています(笑)」
伊賀ブランドにも認定された「伊賀くみひもスカジャン」ができるまで

「伊賀の京丸屋」の店内に並ぶ「伊賀くみひもスカジャン」。アメカジファッションとして人気のスカジャンですが、その袖に使われる飾り紐に、伊賀の伝統工芸品「伊賀くみひも」を使用したコラボアイテムです。背中や胸元には浮世絵風の忍者や、擬人化した忍者風の猫、手裏剣などの刺繍をあしらった和テイスト満載のスカジャンで、伊賀市の魅力ある商品をPRする「伊賀ブランド IGAMONO」(2020年度)にも認定された、お店の看板商品です。
【伊賀くみひもとは…】
着物の帯締めなど、和装小物として親しまれている伊賀くみひも。絹糸や金銀糸などを組み糸に使い、繊細な紐に組み上げたもので、特に手で組み上げる「手組紐(てくみひも)」が有名です。その歴史は奈良時代にまでさかのぼり、伊賀地域の気候が養蚕(ようさん)に適していたことや、文化の中心地・京都にも比較的近いことなどから、明治時代以降、本格的に伊賀市の産業として発展してきました。
◇「伊賀くみひも」については移住してから知ったそうですね。
淺野さん「それまでは、三重県にこういう工芸があることを知らなかったんです。はじめて伊賀くみひもを見たときに、この繊細で美しい工芸品を使って、自分にしかできない製品を作りたい!と強く感じました。地域産業の発展にも貢献したいと考えていたので、この出合いはとても大きかったですね」

◇最初からスカジャンを作る予定ではなかったのですか?
淺野さん「移住するまでは東京のスカジャンメーカーで、8年間デザイナーをしていました。伊賀忍者ブランドで、特にスカジャンを作るつもりはなかったんです。それが、伊賀くみひもと出合ったことで、ガラっと変わりました。伊賀くみひもとスカジャンを組み合わせたアイデアが自分の中でどんどん膨らみ、これはぜひ実現したいと。そこで、まずは協力してくれる職人さん探しから始めました」

淺野さん「最初は断られ続けて、早々に心が折れそうに…。それでも諦めずに探し続けて『松島組紐店』さんと出会ったんです。昭和初期に創業された老舗ですが、伝統を守りながらも新しいモノづくりに挑戦している会社で、伊賀くみひもを使った新しい商品を作りたいと説明したら、快諾していただけました。いよいよ制作がスタートできるとなったときに、非常にワクワクしたのを鮮明に覚えています」



◇生地以外でのこだわり部分はありますか?
淺野さん「スカジャンの最大の特徴でもある刺繍ですね。絵が描けるだけでは美しい刺繍はできません。針を打つ方向で陰影が変わるので、それらもすべて計算してデザインしています。お店に来られた際には、実際に商品を手に取って、刺繍の美しさにも触れてみてほしいです」


スカジャンだけじゃない「伊賀の京丸屋」のオリジナルアイテムを紹介!
「伊賀の京丸屋」には、スカジャン以外にも、伊賀忍者をモチーフにしたオリジナルアイテムがいっぱい。観光地で買うお土産としてだけではなく、普段の生活に取り入れたくなるようなデザインを重視して作っていることから、直営店がオープンする以前のネット販売でも、ファンが多かったそう。特に人気の5点を淺野さんに選んでいただきました。

淺野さん「こちらはビンテージ風のカスレプリントがポイント」


淺野さん「パーカーは性別を問わず人気ですね。とくにディズニーとのコラボ商品は、ファンの方々がかなり遠くからも買いに来てくださいます」


淺野さん「お土産としての雑貨もよく売れています。ご当地ものというだけではなく、日常的に長く使ってもらえるものを作りたいので、トートバッグは、丈夫なキャンパス素材を使用したり、ガーゼタオルは吸水性や肌触りの良さにこだわったりと、細かい仕様も工夫をしています」
変化しつつある伊賀市 活性化のお手伝いも
◇地域イベントや地元企業のチラシ、冊子なども多く手がけられていますね。
淺野さん「移住してきたばかりの頃に、伊賀市が開催している起業者向けセミナーに参加したり、銀行が主催するビジネスプランコンテストで受賞したりしたことがきっかけで、地域の人たちとのつながりができました。そこから依頼があり、デザインの仕事も手がけるようになったんです」

◇移住者から見た、伊賀市の印象は?
淺野さん「移住してきたころは、さびれているなと感じるエリアもありました。でも、ここ数年は、地元を盛り上げようという30代、40代の人が増えて、街の変化を感じるようになりましたね」
◇特に変化を感じるのは?
淺野さん「伊賀上野駅の近くに、『新天地Otonari』というレトロなアーケード街があるんです。移住してきた頃はいわゆるシャッター通りでしたが、今は、雑貨屋さんやカフェスタンド、スイーツ店など個性豊かなお店が増えてくるなど、活性化していますね。『Otonari』には、私も家族とご飯を食べに行ったりしていますが、伊賀に来たらぜひ立ち寄って欲しい場所の一つ。こういうスポットが、少しづつですが増えてきています」

作り手の思いが伝わるオリジナル商品をこれからも作り続けたい
東京から、“伊賀忍者”に引き寄せられるように移住してきた淺野さん。モノづくりへのこだわりや、今後の展開についても聞きました。
◇モノづくりで大事にしていることは?
淺野さん「今でこそ見直されていますが、私がアパレルに勤めていた頃は、大量生産、大量消費が当たり前でした。思い入れのある服が毎シーズン大量に焼却処分されていた現場を見て、作り手として心が痛んだ経験があります。だから、ただ消費されるだけのモノは作りたくないと、つねに考えています」
「なんでもすぐに手に入る時代ですから、お客様の目も肥えてきています。商品に対しても、モノとしての価値だけではなく、商品が生まれるプロセスや作り手への共感も求められているように思います。そういう背景も含めて、人の心に訴える商品を手がけたいと考えています」

◇「伊賀の京丸屋」の次の展開は?
「新たな『伊賀くみひも』を使った商品展開を考えています。スカジャンのように日本にルーツのあるアイテムで『伊賀の京丸屋』にしかできないものを作る予定なので、ぜひ、期待していてください」
ビジネスをするために移住したと話す淺野さん。でも、活動の中で新たな出会いがあり、それが新たなビジネスにつながったり、地元活性化のサポートにつながったりしたそうで、今では地域に根差した活動も精力的に行っています。移住してから知った伊賀市の魅力について、目を輝かせながら語ってくれたのが印象的でした。
城下町の風情を残しつつ、「新天地Otonari」のように、新しいスポットも増えつつある伊賀市。遊びに行った際には、地元が生んだ伊賀忍者ブランドのお土産も、ぜひチェックしてみてください。
- 今回紹介した施設はコチラ
- 伊賀の京丸屋
住所:伊賀市上野丸之内126-1
電話:0595-51-6138
営業時間:11:00~16:00
定休日:月曜、火曜
HP:https://kyomaruya.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/iga_no_kyomaruya/
※営業時間が変更する場合あり。最新情報はインスタグラムを確認を。
三重県の取り組み紹介
三重県では、中小企業等が取り組む地域資源を活用した事業活動に対する支援や、伝統産業・地場産業の支援等に取り組んでいます。
https://www.pref.mie.lg.jp/CHISHI/HP/index.htm