レトロな雰囲気で人気上昇“いなべ市・阿下喜”を盛り上げる移住者にインタビュー

2022.3.4

グルメからエンタメまで 佐野 興平

三重県の北部にある、いなべ市。その中心に位置する阿下喜(あげき)地区は、昔、宿場町として栄えた街道沿いに古い家屋が連なる、レトロな雰囲気が漂う街です。ここに、数年前から古い建物を再生した食堂やカフェなどが次々にオープン。県外からも若い人たちが遊びに訪れる、にぎわいのあるエリアに生まれ変わっています。中心となって活躍しているのは、市外からの移住者。ユニークな発想で地域を盛り上げるみなさんを取材しました。※記事内の価格は税込み

阿下喜地区、活性化の火付け役「松風カンパニー」

阿下喜の盛り上がりの火付け役ともいえるのが、農園や飲食店、ギャラリーなどを手掛ける「松風カンパニー」。有機野菜を育てる「八風農園」(はっぷうのうえん)や、ドイツパンのお店「フライベッカーサヤ」、週末は予約が取れないほど人気のレストラン「上木食堂」(あげきしょくどう)、ギャラリー「岩田商店」など、2018年に会社を立ち上げてから4年ほどで次々に店舗をオープンし、地域を盛り上げてきました。立ち上げたのは、名古屋から移住してきた寺園 風(てらぞの ふう)さん、松本 耕太(まつもと こうた)さんです。

「松風カンパニ―」を運営する寺園さん(左)と松本さん

◇移住のきっかけは?
寺園さん「もともと、名古屋で農業や食に携わる仕事をしていました。独立しようと近郊で農地を探していたのですがなかなか見つからず、そんなときにたまたま地図で八風街道(はっぷうかいどう)という名前を見つけました。自分の名前と同じ漢字も入っているし“きっとステキな場所だろう!”と思ったのがきっかけ(笑)。Uターンしていなべ市で有機農業をやっている知り合いがいたので、その人にサポートしてもらって、2013年に家族でこちらに移住し『八風農園』を始めました」

松本さん「僕は、2016年に来たんですが、それまでは名古屋の飲食店で仕事をしながら、独立を考えていました。先に移住した寺園から、『いなべ市で飲食店を立ち上げようと思っているんだけど』と話をもらって。それまでは、いなべ市や阿下喜という名前も聞いたことがなかったんですが、これも何かの縁だなと思い、移住を決断したんです」

松風カンパニーが手掛けた最初のお店「上木食堂」。廃業した旅館をリノベーションして、2016年にオープンしました。

「八風農園」の野菜を中心とした、地元産の食材を使ったメニューが人気。遠方からも多くの人が訪れます。のれんのロゴマークは、松本さんが手書きで描いたそう。松本さんは「阿下喜は、もともと街道沿いの宿場町として、商売をする人たちが集まって栄えた街だからか、地元の人たちもオープンマインドな雰囲気。商売を始めやすかったですね」と振り返ります。

野菜をたっぷり使った日替わりランチが人気。写真はAランチ・さくらポークのグリル (1,350円)。内容は毎日少しずつ変わるそう(画像提供:松風カンパニー)

◇地元の人たちの反応はいかがでしたか?
寺園さん「僕たちが若いというだけで、とても喜んでくれました。期待の星がきた!みたいな(笑)」
松本さん「『上木食堂』の大家さんが、オープンから1年ほど、ホールスタッフとして三角巾をつけてお店の手伝いをしてくれました。『のりちゃん(大家さん)がいるから店に行こうかな』といってくださる地元の人も多くて、大家さんが街の人とつないでくれたので、みなさんにはよりスムーズに受け入れて頂いたと思います」

お店を開業してから、街に「人が増えた」と印象を語る寺園さん。「同世代の人と飲んだり食べたりする場所があればいいなぁと思ったのが、上木食堂を立ち上げたきっかけでしたが、若い人に限らず、幅広い年齢の人がお店に来てくれるようになり、街全体的に人が増えたなと感じます」

◇レストランだけでなくギャラリーなどいろいろなお店を手がけていますね。
寺園さん「『上木食堂』は、取り壊し予定の旅館があると聞いて、ここで何かやりたいなと考えたのがきっかけですが、ほかもそんな感じですね。地元の人から空き物件の話があって、『じゃあそこで何かしてみたい』という仲間が出てきて形になるという感じで、自然に広がってきました」

2017年にオープンしたギャラリー&ショップ「岩田商店」も、地元の人から「商売をやっていた空き家があるんだけど何かできない?」と声をかけられたことがきっかけで、構想が始まったそうです。

商店街の一角にある「岩田商店」。県内外を問わず多彩なアーティストの作品を展示。かつてのオーナーが商売をしていたときの屋号をそのままギャラリー名にしています。
こちらは2020年10月にオープンしたフレンチレストラン「nord」。

松本さんが地元の人から「今度、鉄道博物館をオープンさせるので、近くで飲食店を開いてくれないか」と依頼を受けて、開業にいたったそうです。オシャレな雰囲気の中で、ゆったりとくつろげると人気を呼んでいます。

◇30人ほどいるスタッフのほぼ全員が、いなべ市以外からの移住者だそうですね。
寺園さん「あえてそうしたわけではないですが、僕らの思いに共感し、一緒に頑張りたいという人との出会いやつながりを大切にしてきたら、自然とそうなっていました」

◇移住を考えている人へのアドバイスはありますか?
寺園さん「できるだけ現地に足を運ぶことですね。僕も暇さえあれば来ていました。少しでも気になることがあったら動くこと。思っていたことと違うことって、たくさんあると思うので、やっぱり実際に行ってみて、自分で確かめるのがいいと思います」
松本さん「これは移住後のことですが、挨拶かな。昔から住んでいる人も多いので、良くも悪くも人との距離が近いんです。都会だとあまりないですけど、ここではお店に入ったときでも、自然に“こんにちは”って挨拶してくれることが多いですね。これってなかなか意識しないとできないことですが、街の一員として溶け込んでいくには大事なコミュニケーションだと思います」

自分たちの未来と阿下喜の未来

「松風カンパニー」としての今後の目標、そして街の未来への期待についても聞いてみました。

◇今後の目標は?
寺園さん「ドイツパンの店も運営しているんですが、自分のところで乳製品を作って、それをパン作りに生かせたらいいなと考えているので、牛や羊の飼育に取り組みたいと思っています」
松本さん「まだ進行中で、決定ではないんですが、コーヒーとケーキの店を出そうかという話があります。実現できればうれしいですね」

さらに、地域おこしにも取り組みたいと松本さん。
「いなべ市さんとコラボで取り組むことも増えましたし、地域の発展に一役買いたいという思いは大いにありますね。同じような感覚、年齢の人が移住して増えてきている実感があるので、そんな人たちと一緒に、ひとつ大きなイベントをやってみるとか。僕が先陣を切らなくても、みんなで何かできればと思っています」

松本さん「あとは、いなべ市に来たらここに遊びに行ってね、みたいなマップを作るのもいいですね。松風カンパニーのお店に来た人にそれを渡すことで、友達の店にも行ってもらえたり、街をまわったりして、“いなべって楽しいな”って思ってもらいたい。賛同してくれる仲間はいればいるほどいいと思うし、今ならできそうだなって思います」

◇阿下喜の未来についての思いを教えてください。
寺園さん「僕たちが来たときは、地元の人のサポートや、いろいろな出会いがあり、やりたいと思うことをやれるような環境がありました。これから働きに来る人にも、そういうチャンスのお手伝いができればいいですね」
松本さん「まだまだ阿下喜には、閉めてしまったままの店も多いんです。世代交代とか大家さんの事情とかいろいろあると思うんですが、一つでも多くシャッターが開くと、それだけ個性豊かな街になるはず。行政の力、地元の方の協力、理解などがないとなかなかできないことですが、まだまだこの街に可能性は十分あると思っています」
自らの事業を展開し、仲間を増やし、街自体の盛り上がりへとつながっていく「松風カンパニー」の活動。今後も期待が高まります。

家族がきっかけで移住を考えるようになり、いつしか阿下喜の雰囲気や自然に魅力をひかれ、街ではめずらしいジャンル「ベトナム料理」のお店をオープンさせた人もいます。

本場仕込みのベトナムサンドイッチの店もオープン

昭和レトロな街に登場した、ひときわ目を引くベトナムサンドイッチ・バインミーの店。オーナーは、三重県四日市市出身の中村紗也香(なかむら さやか)さんです。

明るく元気な国、ベトナムで知ったバインミーのトリコになり、現地で調理法を習得。帰国後も食べ歩きなどで研究を重ね、ついに2020年4月、バインミー専門店「にしまちバインミー」をオープンさせました。

◇店舗オープンの経緯は?
中村さん「ベトナムで初めてバインミーを食べたとき、こんなにおいしいサンドイッチは初めて!とびっくりしました。あんまりおいしかったんで、日本に帰ってきてからも食べたくなって、名古屋の専門店まで通い詰めて、自分のお店を持ちたいと思うように。大根とニンジンの酢の物が使われていて、日本人にも合う味だと思ったんです」

ベトナムの定番メニュー、バインミー。こだわり素材と日本人にも合う味付けで人気

◇阿下喜に出店した決め手は?
中村さん「両親が先にいなべ市に移住していました。一人っ子なので近くにいたいという気持ちがあったこと、そして阿下喜で今の店舗を見つけたことがきっかけで、移住を決めたんです。人ものんびりしているし、きっと住みやすいだろうなと感じたのもあります。あと、街の雰囲気や景色も気に入りました。店の前のにしまち通りは、細い通りですけど、外に出ると藤原岳がきれいに見えるし、夜になると街灯がついて、すごくいい感じになるんですよ」

◇いなべ市の地域おこし協力隊でもあったそうですが、協力隊の任期中に開店されたんですか?
中村さん「2018年にこちらに移住し、地域おこし協力隊として活動していました。3年の任期中に開店資金を貯めるつもりで始めたんですが、周りの人にバインミーのことを話しているうちに『それってめずらしいね!』『ぜひ開店したら』と勧められて、予定よりも早く開店することになったんです。最初は“事務”だった協力隊の活動項目も、お店を始めたことで、“阿下喜の活性化”という内容に変更し、お店を運営しながら、協力隊も続けていました」

中村さん「お店は電気、水道、ガス以外はほとんど自分たちで作業して作り上げました。7~8カ月くらいかかったかな? “ペンキ塗りにきませんか?”って告知して、手伝いに来てくれた人にカレーをふるまうようなイベントにしたこともありましたね」

ほとんどの作業を中村さんとご主人のサポートで完成させたお店。黄色の壁が目を引くかわいい仕上がりです。
オリジナルウェアも含めた雑貨類も多数販売されています。
店内の照明は、ベトナムでご飯にかぶせるカゴを加工したもの。これもオリジナルです。

◇料理のこだわりは?
中村さん「ベトナムの料理教室で教えてもらった作り方をベースにしています。ハムやレバーペーストなどは自家製で。パクチーなどの野菜は、いなべ市在住のベトナム出身の農家の方から仕入れています。農薬を使わずに、土づくりからこだわっていて、とにかくおいしいんです。またベトナムの人だからこそ知っている、食材の使い方なども教えてもらったりしています」

こちらがバインミーの主な具材。手前左のベトナムのハム「チャールア」のほか、右側のロースハムやその奥のレバーペーストも自家製です。
軽い食感のバゲットに、チャールア、レバーペースト、卵焼き、大根とニンジンのなますなどが入った人気のバインミー(700円)。バゲットは地元のベーカリーにオーダーしているオリジナルです。
ベトナムの定番メニュー、鶏のフォー(フルサイズ780円、ハーフサイズ400円)。写真はハーフサイズ。米粉の麺、柔らかい蒸し鶏ハムに鶏だしと魚醤のスープを使ったあっさりとした味わいです。

◇イベントにもよく出店されているとか。
中村さん「いなべ市では『グリーンクリエイティブいなべ』という取り組みを行っていて、フェアトレードランチや日曜マルシェというイベントを行い、いなべ市の豊かな自然、里山、農産物などの地域資源について発信しています。ここにお誘いしてもらうことが多いので、バインミーを持っていって販売したり、キッチンカーを借りて、現地で作ることもありますね。お店をやっているとなかなか外に出る機会がないんですけど、このイベントのおかげで、その機会を作ってもらえています。それに、お店同士のつながりもできますし、ありがたいですね」

◇今後の展開を教えて下さい。
中村さん「もっと多くの人にバインミーやベトナム料理を知ってもらいたいんです。ベトナム料理って野菜もたくさんとれるし、クセもなくて食べやすいんですよ。なので一回食べてもらえたら、きっとおいしいと思ってもらえるはず。これからは出店などの機会を増やしていければと思っています」

◇移住に興味がある人にアドバイスを。
中村さん「地域が持っている雰囲気、人柄みたいなのってあると思うんです。いなべ市はのんびりしていておおらか。買い物に行ったレジでも、知らない人に話しかけてもらえたりするんですよ。なので、気になる場所があるなら、そこにある個人店へ行ってみると、その街の雰囲気がわかると思います」

◇今後、阿下喜でどんなことをしていきたいですか?
中村さん「ここ数年で、同世代の人がやっている個人店が増えてきましたね。今、この状況でコミュニケーションをとるのはなかなか難しいと思うんですが、これから、みんなが協力してイベントができたら楽しいだろうなって思います。お店ごとではなく、街ぐるみで一緒に、何かできればいいなって思いますね」

地域の人たちが気軽に集まる交流拠点だった、廃校を活用したカフェ。そのスペースを、コロナ禍を経て、人々が多様性を考えるきっかけづくりの場として、新たに生まれ変わらせた人もいます。

静かに紙で会話する、廃校を利用した筆談カフェも登場

2017年、国の登録有形文化財の旧阿下喜小学校の校舎を、いなべ市と地域住民が協力して、まちづくりの拠点としてオープンさせました。しかし、コロナ禍で休業が決定。そこで、ボランティアスタッフとして関わっていた金子文絵(かねこ ふみえ)さんが、オーナーとして引継ぎ、2020年8月に、筆談カフェ・「桐林館喫茶室」として再開させました。

木枠のガラス窓や板張りの廊下など、当時の姿を現代に伝えるほっこりと落ち着ける空間
もともとは職員室として使用されていたスペースがカフェに

三重県桑名市出身の金子さんは、看護師の資格を持ち、人と街をつなぐ「コミュニティナース」という肩書で、障がいを持つ人たちと社会との接点を、さまざまな形で作り出す活動をしています。

◇筆談カフェとは?
金子さん「ルールは“音声オフ”。ノートとペンで会話を楽しんでいただく、体験型カフェです。ジェスチャーや手話などでのコミュニケーションもOK。ご注文も筆談(オーダーシートに記入)、または指差しで行います。当日来ていただいての利用も可能ですが、公式LINEでの予約優先制になっています」

◇なぜそうしたカフェにしたのでしょう?
金子さん「手話通訳や看護師として障がい者福祉とかかわってきた中で、病気や障がいのネガティブな側面や、閉鎖的なイメージを払拭できないかと考えていました。ここで、気軽に筆談を体験してもらうことで、暮らしの中で、障がい者について知るきっかけづくりになればと思ったんです」

◇提供しているメニューは?
金子さん「コーヒーなどのドリンクと季節のデザート、コッペパンなどです。コーヒーはこだわりの焙煎豆を仕入れていて、ご注文を受けてから豆を挽き、丁寧にドリップしています。デザートは基本手作りで、可能な限り、地元いなべ市や三重県産の材料を使っています」

コッペパン400円~。塩あんバター、たまご、ホットドックの3種があり、ドリンクとのセット、テイクアウトにも対応してくれます

◇みなさんどんな風に楽しまれているのでしょうか?
金子さん「最初はとまどっているお客さんもいらっしゃいましたが、今では『ちょっと変わった体験型カフェ』として認知されつつあります。絵しりとりやジェスチャーなどで、音声を使わないコミュニケーションを楽しんでいらっしゃいますよ。誰でも自由に書き込めるノートを見ていると、HPやInstagramを見て、遠くからわざわざ来て下さる方も結構多いようです」

◇これからの展開は?
金子さん「『桐林館喫茶室』では、アール・ブリュット(障がいを持つ方々のアート)の展示に力を入れてきました。これを、もっと発展させていきたいですね」

◇今後、阿下喜がどんな街になればうれしい?
金子さん「阿下喜は昔から多くの人で賑わう商業集落としての歴史があったようです。駅からの道は商店街として賑わっていたこともあり、商人文化的な雰囲気が残っている印象もありますね。ここ数年は移住者を含む、若い方たちを中心に、新しい店舗や施設が増えました。これからは、新旧の店舗や移住者、元々住んでいる人が自然と交わり、観光客も楽しめる街になっていけばいいなと。そして、福祉的な住みやすさ、ダイバーシティというとちょっとカッコ良すぎる感じがするのですが、誰もが暮らしを楽しめる街になってほしいです」

「『桐林館喫茶室』は、人とつながり街を元気にする『コミュニティナース』の活動の場でもあります。今後は、こうした活動についても、たくさんの人に知ってもらいたいですね」と金子さん(左)。

農業を入り口に、人の和を広げ、多彩な事業へとつなげる「松風カンパニー」。ベトナム料理や文化という新たな風を街に吹き込む「にしまちバインミー」。多様性について気軽に考えるきっかけ作りに取り組む「桐林館喫茶室」…。それぞれ違った形ですが、阿下喜で新たなことにチャレンジし、地元を盛り上げています。古い街並みと共存しながら変化を続ける阿下喜に、ぜひ遊びに行ってみてください。

<今回の取材先はこちら>
松風カンパニー
住所:いなべ市藤原町下野尻946-3
URL https://matsukazecompany.com/

にしまちバインミー
住所:いなべ市北勢町阿下喜1116-1
電話:0594-28-8446
営業時間:イートイン11:00~14:30(L.O.13:30)、テイクアウト11:00~14:00(14:00~15:00のテイクアウトは当日13:30までに要予約)、雑貨販売11:00~16:00
定休日:火曜、水曜※木曜は不定期オープン
URL https://nishimachi-banhmi.shopinfo.jp/

桐林館喫茶室
住所:いなべ市北勢町阿下喜1980
営業時間:13:00~16:00(L.O.15:30)、テイクアウト11:00~16:00
定休日:月曜、火曜、水曜
URl https://www.torinkan.com
URL https://page.line.me/177totwh(利用方法やイベント、メニューの情報など)

三重県の取り組み紹介
三重県では、東京有楽町に「ええとこやんか三重 移住相談センター」を開設するなど、移住の促進に取り組んでいます。
https://www.ijyu.pref.mie.lg.jp/